日本の中小企業では、依然として親族内での事業承継が大きな割合を占めています。親族内承継は、経営理念や取引関係の継続性といった観点で一定のメリットがある一方、家族間の関係性が色濃く影響するため、感情面での配慮が不可欠です。
承継者(後継者)だけでなく、被承継者(現経営者)にも複雑な感情の変化が生じる点に注意しなければなりません。
親族内承継は、一般に以下のような段階を経て進めていきます。

この流れは形式的には明確ですが、その裏では当事者の心の動きが大きな影響を及ぼします。
まず、承継者(後継者)側の感情変化について、多くの場合、承継者は親から「事業を継いでほしい」と伝えられたときに、事業を継ぐことが自分にとってどのような意味を持つのかを、改めて問われることになります。
「自分にその器があるのか」「親のようにうまく経営できるだろうか」といった不安や、「失敗したら家族に迷惑をかける」というプレッシャーがのしかかるとともに、「親とは違うスタイルで経営したい」といった思いも生まれるでしょう。
一方で、被承継者(現経営者)にもまた、特有の感情変化が生まれます。自らが築いてきた会社を譲るという行為は、「手放すこと」と「信じて託すこと」を意味します。
これは、長年事業と一体となって生きてきた経営者にとって、容易な決断ではありません。実際、多くの現経営者が承継の意思を表明しながらも、いざという時に「まだ自分が必要だ」と感じて現場に口出しをしてしまうこともあります。
このように、両者がそれぞれ不安や未練を抱えながら承継プロセスを進めるため、コミュニケーションの断絶や誤解が起きやすくなります。特に「親子」という関係性は、長年の感情の蓄積があるため、意見の衝突がより感情的になりやすい傾向にあります。
このような事態を防ぐには、両者が感情を率直に共有できる関係性の構築が重要です。
例えば、事業承継に関する思いや不安を話し合う「ファミリーミーティング」を定期的に設けることが有効です。また、承継者に対しては段階的に責任ある役割を与え、成功体験を積ませることが自信に繋がります。
一方、被承継者には「引退後の自分の役割」を新たに定義し、会社の支援役やアドバイザーとしての立ち位置を用意することで、心の整理を助けることができます。
加えて、税理士や中小企業診断士、承継支援専門家といった第三者を交えることも、冷静な議論を進めるためにも有効です。家族間だけで完結しようとすると、感情が優先されて客観性を失いがちですが、外部の専門家は対話を促進し、双方の不安を可視化して整理する役割を果たすことが期待できます。
事業承継は、単なる経営権や株式の引継ぎではなく、「思い」と「責任」を次の世代へ託す行為です。そこには当然、人間としての感情の揺れが伴います。親族内承継を成功させるには、制度的な準備だけでなく、承継者・被承継者の双方の気持ちに寄り添った丁寧な進め方が求められます。
企業の持続可能性を支える基盤として、感情への配慮を含んだ承継支援のあり方が、今後さらに重視されるのではないかと思います。
【執筆者】中小企業診断士 吉盛茂貴
(一社)兵庫事業承継サポートとは
✅中小企業の事業承継支援を目的とした専門家(中小企業診断士・税理士・弁護士・司法書士・社会保険労務士・行政書士・ファイナンシャルプランナー等)集団です。
✅事業承継の課題(株式移転・株価対策・資金対策・事業譲渡・後継者育成・知的資産の承継等)にワンストップで対応します。
✅上記支援と合わせて、事業承継に課題を抱える経営者向けセミナー・相談会、後継者塾の開催を行います。

